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真夜中過ぎにどちらも言葉を失って微睡んだから、どちらが先に眠ったのかさえわからなくなる。
うっすらと目を開けると、眠っていた和室の障子が薄明るくなっていた。素肌のまま、杏里はおもむろに起き上がる。
浴衣を羽織って、布団が敷かれていた部屋を出ると、客間はぼんやりと青白い夜明けの色になっていた。
露天風呂の湯が流れる音がやさしく響いている。
その音へと杏里は足を向け、そのまま脱衣所で浴衣をまた脱いで、湯の中にぼんやりと入った。
夜明けの水面にうつる自分の顔を見て驚く。目の下に隈ができていて、やつれていたからだ。
「うそ……」
やりすぎ。という言葉が頭に浮かんだ。
身体はだるいし、あちこちひりひりしている。でも、なんでだろう。すごい満たされいてた。燃え尽きて、でも、ずうっと身体の奥にある芯にまだゆらゆらと炎が揺らめいている。二度と消えない炎だと杏里は思った。昨夜、夫が杏里のなかにつけた火だ。
「俺もいいか」
杏里が目覚めて動いたからなのか、樹も露天風呂にやってきた。
彼も羽織っているだけの浴衣をまた脱いで、裸で湯の中にはいってきた。
そんな樹の顔もやつれていて、杏里は驚く。だが、彼も妻の顔を見て驚いている。
「すまない。手加減しなかった」
「いえ、樹さんもかなり、やつれているんだけど」
彼も水面に映った自分の顔を見てハッとしていた。
「若くないんだなあ」
「そうですねえ。でも、これで、ほんとうの夫と妻ですね」
「そうだな。やっと……」
ふたり肩を並べ、足を伸ばして、微笑みあいながら湯に浸かる。
明けていく夜空を見ながら、しばらく一緒に身体の汗を流して温めた。
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