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杏里もアラフォー。いろいろな検査をするように気遣ってきたのも確かだった。だが、そうじゃない。
「あの、いわゆる、二ヶ月……という診察結果で……」
「二ヶ月? 入院期間のことか? それとも、余命!?」
「八週目、だそうです」
夫の表情が固まる。目を見開いている。つまり驚いているのだろう。
「え、ええ!? さ、三人目、ということか!」
「はい。えっと、心当たりありすぎて……」
「あ、あるけど。それって朝里の宿の時だけで……」
「ですから。あの夜のってことです」
夫婦の営みが確立し続いているが、『覚えがある行為』はあの結婚記念日の温泉宿での夜のみだった。
「あなたとは、すぐにできるんだって忘れていました」
「たしかに。一颯も、一清も、すぐにできた」
「お父様、ご覚悟お願いいたします。この子の成人は、あなたの還暦ごろです。もちろん私もアラ還まで子育て決定ですが頑張りますから」
茫然としてた樹だが、なにか思いついたようにハッと我に返ると、デスクに手放した愛機をつかみ取った。
ライカのレンズをいきなり杏里に向けて、シャッターを押した。
「ようし。撮るぞ。生まれてくる子の成長を撮りまくる。長男、次男とともに撮りまくる。ママの写真もいっぱいな」
「ほどほどにしてくださいね」
普段は威厳ある社長さんなのに。最近はプライベートになると、いまこそ少年時代を取り戻せとばかりに、無邪気な面も見せるようになった夫。
カメラに夢中で、息子たちと一緒にはしゃいで。でも、優しい夫として杏里を抱き寄せてくれる。
「三男かな、長女かな。楽しみだ」
お腹が大きなママも絶対に撮影するぞと、大張きりで笑ってしまった。
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