5105人が本棚に入れています
本棚に追加
/916ページ
⑳花にあいにゆく
結婚して十数年。やっと夫妻の念願が叶う。
夫が運転するレンタカーの車窓には絶えず、アクアマリン色の海が続いていた。やがて見えてきた白い砂浜にある白いホテル。
「やっと到着だ」
「ほんとね。遠かった~」
車を駐車させ、夫妻でスーツケースをひっぱりながらホテル玄関へ向かう。
玄関の自動ドアをくぐり抜けると、また目の前に水色の海が一面に見える。オーシャンビューの明るいロビーに、樹と杏里はそろって顔をほころばせる。
「花南の写真のとおりだ」
「花南さん、この海の色のこと、なんて言っていましたっけ。アクアマリンじゃなくて……」
「金春色だ」
「そうそう、金春色。そのとおりの色だわ。素敵」
また大澤夫妻の結婚記念日がやってくる。
長男は大学生、次男は高校生になり、娘はもう小学生に。樹と杏里はアラフィフ夫妻。優吾は娘が生まれてから、仕事以上にハンドクラフトに夢中になり、義母の江津子も元気いっぱいアクティブお祖母ちゃん、最近は日本ハムファイターズのサポーターになっている。
今回は当日日程が取れなかったが、ふたりで思い切って念願の山陰に記念旅行にやってきた。
フロントでチェックインの手続きをすると、スタッフがその名を見て少し表情を変えた。
すぐに部屋に案内されず、海が一面に見える窓辺のティールームへと案内される。
夫の樹は今日も愛機の『ライカ』を持っていて、もう窓辺へと構えて、遠浅にひろがっている金春色の海を撮り続けている。
頼んでもいないのに、おいしいアプリコットジュースまでスタッフが持ってきてくれた。
そんなに時間が経たないうちに、夫妻が座っている席に、彼女がやってくる。
「杏里さん、大澤社長、お待ちしておりましたよ!」
黒いワンピースを着ている花南が笑顔で現れた。
何年ぶりか。一目見て、杏里が先に涙ぐんでしまった。夫はもう満面の笑み。
最初のコメントを投稿しよう!