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「花南ちゃん、やっときたぞ」
「社長、遠い小樽からここまで、ありがとうございます。ライカも一緒に持ってきたんですね」
「あたりまえだろ。あれからずっと、俺の相棒だよ」
夫はもうはちきれんばかりの嬉しさを爆発させているが、杏里はたくさんの思いが溢れて涙が止まらない。
「杏里さん……。その節は、大変お世話になりました。小樽での修行がなければいまの私はいませんから」
「花南さん……。会いたかった。立派な職人、いえ工芸作家になって、奥様になって。素敵な女性になっていて、もう、なんて言ってよいのか、会えて嬉しくて」
花南がちょっと困ったように頭を傾げる。
「わたし、あの時ただただ生意気な子供でしたもんね」
杏里は首を振る。あの時の、あなたの揺るがない信念とまっすぐな心があったからこそ、杏里も樹もこうして一緒にここまで来られたのだ。
そんな大人になった花南のそばには、黒いスーツ姿の男性がそっと控えていた。
「いらっしゃいませ、大澤様。遠くからここまでお疲れ様でした。花南と一緒にお待ちしておりました」
花南の夫で、義兄。いまもここ『倉重観光グループ』の副社長を務めている倉重耀平氏だった。
花南が写真ファイルの最後に一枚だけ保管していたあの写真、小さな男の子をだっこしていた男性だった。
当時、樹と一緒に写真から察したとおりに、花南もあれから数年紆余曲折があり、この男性と甥っ子の元に戻り結婚して義理の母親となっていた。
小樽から『致し方なく見送る日』。樹とともに杏里は、この義兄に連れ去られるよう工房を辞めさせられた花南を、遠くから見送った。
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