⑳花にあいにゆく

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 前もって山口の義兄から『義妹のための工房を起こすので、来年になったら強引に連れて帰ります』と知らされていた。そんな身勝手な申し入れだったが、大澤ガラス工房としてそれを許してしまったのは、遠藤親方が決意をしていたからだ。 『小樽にきて三年、技術は合格ぎりぎりまで仕込みました。彼女専用の工房を義理のお兄様が経営するなら、自分だけの芸術を生み出すにはこのうえない最高の環境。あとは花南の技を磨き続ける努力とセンス次第。黙って見送ります。距離を置いていた実家への強制送還みたいになり嫌がるでしょうが、耀平さんに引き渡します』  樹は一度反対をした。義兄が花南のためにガラス工房を起業するとしても、強引すぎる。花南を自分の手元に置くための手段に違いない。夫も花南を大事に見守りたい職人として思うからこその反対だった。  杏里もほんとうはまだ小樽にいて欲しかった。だが――。 『ここに帰ってくればいいじゃない。山口でうまくいかなければ、小樽にいつだって帰ってこられるように逃げ道を残しておいてあげましょう。彼女には彼女の家族の事情がある。私たちにいろいろあったようにね』  親方ももう一点付け加えた。 『花南が実家を遠ざけていることはおわかりでしょう。あの強情で天邪鬼な彼女が素直に帰るはずがない。実家に帰す、良い機会だと思います。一度、ご家族に返しましょう。そこはお義兄様に任せましょう』  そこは杏里も樹も気にしていた。資産家一家にありがちな『しがらみ』が、花南の実家にも存在しているだろうことを。彼女がほんとうに縁を切ってしまわないうちに、家族に返すのも大事なことだとも思わされた。
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