⑳花にあいにゆく

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 最後、大澤側の結論は。『彼女の夢は、自分だけにしか生み出せない芸術』、その一歩を踏み出すのだ。見送ってあげよう。遠藤親方と杏里の決断に、最後は樹も折れてくれた。  当日、花南の引き渡しには、遠藤親方に対応をすべて任せた。経営陣の樹と杏里は、遠くから見送ることに。  騙し討ちのようにして、話し合いが済んでいる大人たちに陥れられるようにして、なにもしらない花南が工房から連れ去られていく日。  彼女が実家と距離を置いている事情はわかっていた。  姉の夫だった義兄を好きだから、その気持ちを押し殺して『ひとり』で出てきたことも察していた。あの写真から。  だから、義兄に無理矢理タクシーに乗せられ、もう空港に直行するといわんばかりの強引さを見せつけられても、杏里と樹は工房前で佇むだけで口も挟まず、首もつっこまず、ただただ見送った。  小雪が舞う冬だった。静かに見送る杏里の隣で、花南を敬愛していた樹は拳を握って震えていた、堪えていた。彼女が、オーナである杏里と社長の樹が遠くに控えているのを見つけて、なにかを言いたそうにして、助けを求める視線を向けてきたのもわかっている。夫は目をそらし、杏里の目には許しを請う涙がうっすらと滲んでいた。  去って行くタクシーに夫妻で一礼をすると、後部座席にいた義兄が申し訳なさそうに礼を返したあの日。
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