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すっかり白髪交じりになった樹が、当時と変わらない様子で、花南につっかかった。花南もしっとりとした奥様の雰囲気を備えていたのに、あっという間に小樽時代の『女の子』に逆戻り。懐かしい小樽工房での在りし日を杏里は思い出す。
なのに。彼女の横に静かに控えている耀平が、ちょっとおかしそうに笑いを堪えて下を向いたのだ。花南も気がついた。
「ちょっと、義兄さん。なんで笑ってんの」
「いえ。大澤社長、申し訳ないです。しつけをしないまま小樽に見送ったものですから、ご苦労されたかと……」
あ、義兄さんは『どんなお嬢様』かよくよくご存じなのだと、夫妻そろって気がついた。
それもそうか。あれがきっと花南の『素直な姿』だったのだろう。元より家族で、義兄妹で、いまは夫と妻になるほどの関係だから、義兄様はお見通しということらしい。
でも。そう思うと、杏里は嬉しくなる。自分が経営する工房で、彼女はひとりきりで小樽に来たかもしれないけれど、父親のような遠藤親方に見守られ、実家同様に伸び伸びと過ごしてくれていたということだ。
だから樹も遠慮なく、彼女の義兄に告げた。
「いやあ、もう。四十手前だった私に、真っ向から対立してきたんですよ。後にも先にも、私のことを真っ正面からノックアウトさせたのは、花南ちゃんだけですから」
「あー、ちょっぴりだけ。杏里さんから聞いたことあります。花南がやりこめたという話を」
とっくに杏里が話していることにも、樹は唖然としていた。耀平が小樽に来たときに、一緒に食事をしたのだが、その時に花南のこと話題にしたら、つい……樹が花南にこてんぱんにされた話をしてしまったのだ。杏里もとぼけて笑ってみた。
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