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㉑菜の花の、坂の上
部屋へと副社長の耀平と夫人の花南が直接案内をしてくれる。
エレベーターへと向かうためにロビーを歩いていると、おみやげショップがあり、そこの入り口にひときわ大きなガラスが展示されていることに気がつく。
樹の目が輝き、そばにいる花南へと笑顔を向ける。
「あれが、瑠璃空か」
「そうです。父があそこに飾るんだと言い張って。自分のホテルに娘の工作を飾るみたいで恥ずかしいですけれど」
「いやいや。父心ももちろんだけれど、立派な芸術品だ。それはもうお客様が多い場所で見てもらったほうが作品のためだろう」
ライカ片手に、また夫が駆け寄っていく。
ああもう。麗しい若社長さんだったのに、いまは無邪気元気なおじさんになっていて、杏里も苦笑い。
だが、杏里も現物を一目見て、そこへと惹かれていく。
ガラスケースの中に厳重に収められ展示されている瑠璃色の大皿。
かなり大きなサイズで、華奢な彼女が作り出したとは思えないものだった。豪快というよりは、荘厳……。吸い込まれる夜空そのもの、神秘的な作品だった。ケースの中、先頭には札が置いてある。
【銀賞】
【瑠璃空 山梨県 芹沢工房 倉重花南】
先ほどまで、ちょっとはりきりすぎのおじさんモードだったのに。樹がその夜空のような作品を見上げて、神妙な面持ちに変わった。
圧倒されているのもあるのだろうが、なにかを思い出しているようにも見えて。あの頃の、常に真顔で憂う眼差しを見せていた樹を思い出すものだった。
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