㉑菜の花の、坂の上

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 それは杏里もだった。天の川のような銀粉が散らばっている瑠璃の大皿は、真ん中を見つめれば見つめるほど、天空に吸い込まれるような錯覚に襲われる。美しさの感動ではなく、感情を揺さぶられるものなのだ。 「花南ちゃんに欲しいものはなにかと俺が聞いた時、『自分にしか作り出せない芸術』と答えたよな。これだよな。おめでとう、花南。君はあの時から探していたものを、ここに生み出したんだな」 「えっと、そう言われると大袈裟っていうか……。そんなこと堂々と言っていた自分が恥ずかしいだけですよ」  花南は若かった自分が言い放ったことに恥ずかしそうだったが、樹は首を振る。 「ライカで撮らせてもらおうと思っていたけれど。これは俺の心に残しておくよ。そう思えた作品だ。受賞、おめでとう」  樹の言葉に、花南が黙ってしまった。ほんのり涙が浮かんで見えたが、天邪鬼さん。口元をぎゅっと結んで我慢したのがわかった。その顔が懐かしい。小樽で彼女が素で見せてくれていたかわいい顔だった。そばにいる夫の耀平さんも静かに微笑んで、花南のあたまを愛おしそうに撫でている。こんな義兄妹だったのだろう。  気持ちが落ち着いた花南が、瑠璃空の皿を見上げて、杏里と樹に教えてくれる。 「この作品にサブタイトルをつけるとしたら『星の数ほど嘘をついた』なんです」  星の数ほどの嘘。思わぬタイトルだが、彼女らしい言葉。彼女が教えてくれるその声に、夫妻は耳を傾ける。
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