㉑菜の花の、坂の上

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「みんな、生きていると嘘はつくんです。星の数ほど、生きている人たちのそばに嘘が転がっている。でも、嘘は卑しいものもあれば、必要なものもある。嘘をついても生きていけるし、生かしてもらっていることも。空は知っているんです、嘘の数を。これを造ったことで、わたしの嘘も救われた気がしました」  やはり、『夜空は美しい』なんて安易な表現ではなかった。安易に見せておいて、人の心を深く惹きつけ揺さぶるのは、そんな思いが彼女にあったからなのだろう。空に吸い込まれるその感覚は、誰にも『懺悔』を感じさせるからなのかもしれない。  そんな『嘘』を自然なものとして捉えた彼女の作品を、夫の樹も、杏里もいつまでも眺めていられた。  そこにいればいるほど、自分たちが犯した偽りの日々も、あって当たり前だったと許してもらえるようで……。  案内された部屋も素晴らしかった。海側が全面オーシャンビューのツインルームで、陽射しが傾くたびに海の色も雰囲気も変わっていき、心が癒やされる時間を堪能できた。  夕暮れは美しい白浜を、樹と一緒に散歩する。春の潮風は優しく、カメラが趣味の夫にはたまらない素材に溢れていて、もうずっとレンズを覗いてシャッターを押し続けている。  でも杏里のことも忘れずに、杏里を撮影してくれたり、手を繋いで歩いたりもした。  スマートフォンで撮影したものを、小樽にいる優吾に送信すると『今度は子供たちとも絶対に行きたい』との返信があった。  娘の『一花(いちか)』が優吾叔父ちゃんと夕飯づくりのお手伝いをしている画像が返信に貼られていた。  一花が生まれてから。ほんとうに、しあわせな夫妻の日々だった。
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