㉑菜の花の、坂の上

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「是非。今度は家族で揃って参ります。その時は、よろしくお願いいたします」 「きっと小樽の家族も喜ぶと思いますので、またそう遠くない日に必ず」  夫妻同士で挨拶する傍らで杏里も微笑みを浮かべていた。  ほんとうに素敵な二日間だった。そう思っていることを、杏里は耀平に伝えようとして。彼のデスクの上にある写真立てに気がつく。 「あら、素敵なお写真ですね」  たくさんの菜の花に囲まれた小さな女の子と、二十歳ぐらいの青年が向き合っている写真だった。一歳ぐらいの女の子が手に菜の花をひと束もって、向かい側に同じ目線にしゃがんでいる眼鏡のお兄さんの鼻先に、お花をくっつけている写真だった。  眼鏡の青年は、向かい側にいる女の子がすることを、目を瞑って嬉しそうに微笑んで、差し出してくれている菜の花の香りを吸い込んでいるような写真。歳が離れている兄妹のほほえましい写真のようだった。 「ああ、娘と息子と小豆島へ行ったときの写真ですね。息子の航が好きなんですよ。小豆島。私たちの休暇はこの島に行くことが多いです。これは去年の春休みですね。いまごろでしたから、今年ももう咲いていると思いますよ」  小豆島。そう聞いた途端、夫、樹の表情が強ばった。杏里もだった。  花南がそれをすぐに察した。そして、そのしあわせそうな兄妹の写真を撮ったのは、母親の花南だとも気がついた。  花南がなにもかもわかっているといいたげな静かな表情で、その写真を手に取った。 「これ。美紗さんと大槻(おおつき)シェフのお店そばにある菜の花畑なんです。最近、ここSNS映えするので人気のスポットなんですよ」  花南は。美紗に会いに行っている。  初めて知ったことだった。
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