②伊万里君、逃げて!

4/7

5106人が本棚に入れています
本棚に追加
/916ページ
 そのまま意味のないギフトボックスを作って、荻野室長がいる三階の企画室2まで届けにいかせて、『そんなものは頼んでいない』と千歳お嬢様が気がつく。でも届けてきたのは少し前に『なにかあったの?』と目に付いた小柳店長と訳ありそうな女の子。小柳店長から頼まれて持ってきたと萌子が言えば『あ、小柳君……。なんかあったんだな』ということが同期生の以心伝心でなんとなく伝わる。伝わったら『ありがとう』と素知らぬふりをして受け取り、後で『あれなんだったの』と小柳店長まで連絡をしてくる。そして報告される伊万里主任狙いの作戦――。 「申し訳ありませんでした。こちらも上手く断れなくて」 「女性が多い職場だからね。そこもわかって店長をしているから、気にしない。それより、その発送依頼を間違えて工場に送信しないようにね」 「はい」  背の高い店長が肩越しに笑顔を見せ、店頭へと去って行く。  やっぱり。笑顔素敵だな。それは柚希もわかっている。いまは店頭販売員が接客するための制服を着ているが、彼が帰宅するときのスーツ姿の男ぶりはモデルみたいだし、柚希が気に入っているのは彼がギフトボックスに包装紙をかけるとき。大きな手と長い指先が箱の角まで綺麗に整うように一気に包みあげる。その手つきを初めて見たときに、おもわず『素敵』と思ってしまったのだ。その時のひたむきな視線もだった。荻野のお菓子への愛情とか、この箱を手に取るすべての人に不快感を一度も持たせないように細心の注意を払って包むその技は、もう職人と言ってもいい。  それに接客している時の姿も、柔らかな笑みの視線をお客様にむけて、的確に要望に応える機転を見ていた時も、柚希はドキドキしていた。
/916ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5106人が本棚に入れています
本棚に追加