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おば様も気がついた。そのまま小柳店長がたちつくしているからだろう。
「あの、内線があって、それから店長が」
柚希もやや動揺している。だって、いつだって完璧にスマートに仕事をしている男性が、こんなに静かにでも心を乱しているからだ。
勤務中はスマートフォンは所持禁止にされていてロッカールーム保管が規則。なので家族の緊急連絡は総務に入ることになっている。そこからの連絡のようだが、お母様になにか起きた?
「小柳君、どうしたの」
「母が事故に遭いそうになって、病院で保護されているらしくて……」
「え!? なにしてんの。もう早く行ってあげなよ」
「でも、怪我はしていないようなので、ひとりで帰れる……かな、と。今日は副店長は休みで――」
「いいから。いまからすぐ早退手続きとって行ってきな! 母一人子一人で、あなたしかいないでしょう! ほら!! あとは私が連絡しておくから。上がなんとでもしてくれるよ!」
普段は、店長とパートさんという上下関係でおば様は若い店長にも従順にしてるのに。今日は昔から知っている男の子を案じて叱責する近所のおばちゃまに変貌したので、柚希は目を丸くして呆然とするだけ。
「わ、わかりました。行ってきます。あとをお願いします」
あの小柳店長がふらふらと背中を丸めてバックヤードから、ロッカールームがあるビル内へと消えていった。
えええ。お母さんのことになると、あんなになっちゃうの!?
もちろん。母親が病院に運ばれたといわれたら、誰だって動揺はする。柚希の場合は父が病院に運ばれたと聞いたら、きっと小柳店長とおなじ状態になると思う。でも、でも、それでも、やっぱりちょっと大袈裟すぎない? だって無事も無傷も確認できていたら、ひとまずホッとしてしっかりしなくちゃと気合を入れ直して……じゃないのかなと柚希なら思う。でも、小柳店長はいまにも母親が死にそうな顔をしていた。
「本店店舗の寺嶋です。小柳店長が早退をするのですが、店頭のスタッフ体勢はこのままでよろしいでしょうか。ご判断、お願いいたします」
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