⑧悲劇のヒロイン

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「なんで、三回目のデートで母親を連れてこうよとしたのかと聞かれた。言いふらしそうな彼女に言いたくはなかったけれど、また有耶無耶に濁すと暴走しそうだからはっきり伝えたよ。『母は車椅子が必要な障害があるから知ってもらおうと思って連れてくるつもりだった』と。そう伝えたら、なんだか泣いて出て行っちゃったんだ。あれってなに? 俺とよりでも戻そうと思っていたとか? ちょっと俺、いま混乱しているし、自分が撒いた種なんだけれど、開店前で追いかけることもできなくて――」  店長もはっきり伝えちゃったんだと、柚希は意外だったと目を瞠った。  そしていま朝の一番忙しい時に、注意が散漫しそうな状態になって困っているようだった。 「わかりました。たぶんロッカールームで心を落ち着かせているんだと思います。私が見てきます」 「ありがとう。手間を取らせて申し訳ない」  店長から頭を下げられてしまった。  事情を知っているから柚希も見通しが立てられるが、芹菜お母さんの障害を知らなかったら、いまここで自分も動揺していたと思う。  女子ロッカールームに出向くと、萌子が奥の壁面に向かって泣きさざめいていた。  ほかの部署の女子スタッフたちが『どうしたの』と声をかけていたが、萌子はただ泣いて誰にもなにも返答はしない。  おなじ二十七歳のはずなのに。思い通りにならないことがあると、すぐにつむじを曲げて、人を困らせる態度を取る。そんな子供っぽいことを、いつまでするつもりなのかと柚希もため息が出てくる。 「萌子。もうすぐ開店時間だよ」 「柚希は知っていたの。店長のお母さんのこと」 「さっき。教えてもらった」
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