⑧悲劇のヒロイン

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 嘘だけれど。昨日、小樽で会ったなんて言えばややこしくなるので、そういうことにしておいた。 「車椅子のお(しゅうとめ)さんがいるなんて……。私、無理だよ。なんで。好きになる男の人、みんな、なにかがあって上手く行かない……」  なんか悲劇のヒロインになりきっていて柚希は呆れる。あーそうですね。面倒なことは、すべて結婚条件に当てはまらないからね。というか、もう小柳店長のことは早く忘れてと心の中で悪態をつく自分も嫌になってくる。 「そうだね。萌子には、萌子にもっと似合う男性がきっと現れるよ」  嫌な女だな、自分。そう思った。  それと同時に哀しい。そうか、私、もう誰にも店長に近づいてほしくない気持ちが生まれているんだと、こんな時にわかってしまった。  店長だけじゃない。あのかわいいお母様を煩わすような女性を近づけたくないと強く願っている自分がいる――。そのためなら、笑顔で嘘をついてでも、引き離そうとしている腹黒い自分もいる。  なんかもう。朝から最悪の気分だった。  だが最後に萌子が吐いた言葉で違う気持ちに変わった。 「やっぱりマザコンだった。ずっとママにつきっきりの人生決定しているんだもん。聞かなくても、やっぱりもう無理な男だったもん。出世はしそうだけれど、結婚する人じゃないよね」  許されるなら。ここが職場でないのなら。柚希は萌子の頬へと張り手をしていたと思う。ぐっと堪えて、柚希は萌子をひとり置いてロッカールームを出た。  彼女が呼びとめる声も、柚希にはもう聞こえない。
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