⑨千歳ちゃんのお告げ

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「それならすべて、店長である俺の責任だから」 「こちらですよね。お中元分が増えましたね」  プライベートのしわ寄せを嘆き合うより、業務の姿勢に早く戻ろうと小柳店長から伝票を受け取る。 「それでは、よろしく」  受け取って。柚希はちょっと考えて、店長の顔を見上げる。彼も他になにか質問があるのかと首を傾げた。柚希は拳を握って胸にぶつけてみる。 「レンジャー! です。隊長」  すぐに小柳店長がちいさく噴きだした。その笑みを抑えるために彼も拳を口元に当てて堪えている。 「ちょっと、ここでは駄目だろ。勘弁して」 「だって。ここでは隊長ですから。ちょっとやってみたくなりました」 「昨日のお父さんがいろいろ思い浮かんで……」 「午後いっぱい、あのゴリラみたいな父を思って仕事をしましょう。自然と笑顔になること間違いなしです」 「ゴリラってひどいなあ。ああ、もう駄目だ」  ついに店長がお腹を抱えて、必死に声を抑えて笑い転げているのだ。  ちょっとやり過ぎたかと柚希は思ったのだが、そんな自分も父のファイティングポーズを思い出して自然と笑みが出てしまう。  これで、朝の淀んだ空気が澄んでいくような気もした。父ちゃんありがとうであった。  これだけ気持ちが持ち直ってくると、ほんとうに午前の自分が情けなくなってくる。そんな反省も込めて、柚希は伝票入力に励んだ。  店長もそばのテーブルで、手書きの書類を作成している。  ふたりきりのバックヤードだが、先ほど笑うだけ笑ったため、あとは業務に集中だという心構えが整って、私語も無駄口もいっさい生じなかった。  そのうちに、店舗からバックヤードに入るドアが開いて、一人の男性が入ってきた。
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