⑪柚の芽生え

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 そんな話だって興味深く聞いていたら小一時間ぐらいだったのに。  なんですか。すべてのお皿が綺麗にからっぽになって、まだ足りないとかメニューを姉弟で眺めたりしているんですけれど?  ご姉弟はそのまま『まだここで食べてから帰る』と追加オーダーされたので、石狩ドライブの打ち合わせは後日摺り合わせていくことになって今日はそこで解散となった。  カフェの外に出たら、芹菜お母さんは疲れた顔をしてぐったりしていた。 「もうタクシーで帰ろうな」 「うん……。でも楽しかった……」  車椅子を押しながら、店長がスマートフォンで車椅子を乗せられるタクシーを呼ぶ。  車椅子の芹菜お母さんへと、柚希も身をかがめて声をかける。 「それでは、お休みの日。一緒に百合を見に行きましょうね」 「そうね。ユズちゃん。楽しみよ」  やってきたタクシーに店長と芹菜母が乗り込む。柚希はそこで見送った。自分はそのまま地下歩道へとおりて駅へと向かう。  翌日、出勤をすると小柳店長が休んでいた。  もうそれだけで芹菜お母さんになにかがあったのだとわかった柚希は動揺する。  昼休みにロッカーにしまっているスマートフォンを確認してみた。  メッセージアプリに店長からの着信がある。 【母が熱を出して寝込んでいます。頑張りすぎてしまったようです。今日は病院に連れて行くので欠勤します。元気になったら連絡します。心配しないで】  百合の花を見に行こうと約束したのは、五日後だった。  それまで元気になっていればいい……。いや、柚希はまた初めての気持ちを抱いている。  行きたい。そこに、手伝いに行きたい。
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