⑫会いにいきます

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 義足はしているけれど、それだけで歩いてくるには、いまの芹菜お母さんには体力が足りないと思えた。芹菜お母さんも小柄で、そのうえ華奢で線が細い。  店長が教えてくれた部屋の前に来た。  本当に来ちゃったよ。ど、どうしよう。勢いってすごいな。こんなこと初めてしたよ。なんかいまさらながらに恥ずかしい。柚希は目を瞑って悶々としながら、震える指をインターホンチャイムのボタンへと伸ばす。  思い切って押すと、聞き慣れた声が響いた。 『神楽さん、いらっしゃい。いま開けるよ。待っていて』  ……よく考えたら。上司なのに。突撃した実感が湧いてきて、もう心臓がばくばくしている。  鍵が開く音、ドアノブがまわって扉が開いた。  ポロシャツ姿の店長が、少し疲れた顔でそこにいた。 「突撃しちゃって……、申し訳ないです……」 「そんなことないよ。気にしてくれて嬉しかったよ。今日も暑かっただろう。入って――」  お邪魔しますと柚希はおずおずと玄関に踏み入れた。  玄関を上がるところのフローリングに、今日は車椅子が畳まれた状態でたてかけてあった。 「芹菜さん、どうですか。熱中症にかかったんじゃないかって心配で」 「熱中症までにはなっていないけれど、疲労からくる発熱みたいだ。母はよくそうなるんだ」 「私に会いに来てくださったせいで……」 「それでも会いたかったんだから、母は満足しているし、納得しているよ。あと反省もね。これからは、息子の俺に内緒で行動しないと約束させたから。大丈夫。今日一日休んで、だいぶ熱も下がっていま眠っているよ」  それを聞いて柚希はホッとする。  広いリビングに案内されたが、とても静かだった。
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