⑫会いにいきます

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 あの時もなにかがあって、芹菜母が無理をしたようだった。なにか、息子を頼らずに、ひとりで頑張ろうとしている気持ちが芽生えているのかもしれない? 「だって。遥万社長さんの秘書室へ異動するのでしょう。そして将来、その秘書室は千歳さんを支えていく部署になるのよ。いつまでも、あなたの重荷になりたくなかったから、少しずつでも一人でと思って……」  最近、内示があっただろう小柳店長の異動を知ったことが、芹菜母の自立を促していたようだった。これまでは事故に遭った身体と心をゆっくりとケアしてきたのだろう。いきなり無理はさせない。お互いにできることは少なくてもできる範囲で。でもこれからは……と母親として思い立ったのかもしれない。 「大丈夫だから。異動しても、千歳も遥万社長もわかってくれているから。だから母さんは無理をしないでくれ。頼むから」 「う、うん……。わかった。ごめんね、広海。泣かないで広海……」  母と息子が身を寄せ合って泣いている姿が見えなくても、引き戸の向こうに透けて見える。  柚希はそのまま、粥をのせたトレイを持ったまま、キッチンに戻った。  ダイニングテーブルにトレイを置いたら、訳もなく涙がぼろぼろこぼれ落ちてきた。  痛くて、哀しくて、もどかしくて。そして、いい大人なのに、母親を失いたくなくて大事にして守ろうとしている息子の涙声が、どうして愛おしく感じるのか柚希にはわからない。  でも。そんなふうに男性が泣くと、柚希にはある日の光景を蘇らせた。喪服で泣きさざめく父の姿だった。  あれと一緒だと思ったのだ。同時に、小柳店長が母を失いたくないという気持ちもすごくわかる。あんな気持ち、二度と味わいたくない。
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