⑭まっしろな百合の夏

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 やっぱり。好きになった瞬間があったと柚希の身体が硬くなる。一瞬でも恋をしていれば、これからももしかすると――。そんな不安。  だが広海は柚希が思う『男と女』とは違うものを話し始めた。 「千歳、不思議なんだよ。たとえば、俺が男の気持ちを持って彼女に近づこうとすると、動けなくなるんだよ。気持ちが失せるんだ。彼女に触れようとすると、なんとなく、空気に弾かれるかんじ……。うまく言えないんだ。千歳の目を見ていると『小柳君と私がいる場所はまったく違う。こちらに来たら駄目だよ』と言われているような気になって、近寄れなくなる。そのうちに『住む世界が違うんだ』と感じたんだ。いまはないよ、まったくない。気心知れた同期で友人だよ。そうすると彼女とずっといられる気がするんだ。失いたくない友人だよ」  千歳が不思議――という彼の言葉から、柚希はまた『荻野のご加護』を思い出していた。それと同時に、広海もそこに触れてくる。 「荻野のご加護、聞いたことがあるかな」 「はい。最近、同期から聞きました。長く勤めている従業員ほど、信じたくなるような経験や目撃をしていて、荻野はなにかに護られていると」 「千歳に近寄れない気持ちになったり、見えない空気に阻まれているのは、俺もそれだと思うんだ。つまり、荻野のご加護には、俺は認められていない男だけれど、同期として友人としては認められているんだってことなんだよ。千歳はもう関係ないよ。なんとも思っていない。だから――」  広海がなにかを言おうとしたところで、また小型ジェット機が低空飛行で近づいてきた。音が大きいから、彼がそこで一度黙る。  二人の頭上を通り過ぎて、滑走路へと着陸する飛行機を見送る。
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