⑯元自衛官だから

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 だが父は目を伏せ、緩い笑みを見せ、静かに告げる。 「芹菜さん。申し訳ない。私はやはり『元自衛官』なんですよ」 「はい、存じております……」  再度、父の鋭い視線が柚希へと戻って来た。  そう、父が真剣に柚希に叱るときの目だ。でも怒っているんじゃない。親としてここだと娘に真向かう時の真剣な眼差しだ。 「柚希に再度問う。いまここにいるおまえ以外の三人。災害が起きたとき、誰を一番に助けるべきか、答えろ」  その問いに胸をつかれる。さらに広海も息を引いておののき、芹菜母も呆然としていた。  だが柚希はなにを問われ、なにを父が諭そうとしているのかわかってしまった。だから答える。 「芹菜さんです」 「そうだ。これからは、広海君だけではなく、おまえはなにに置いてもお母さんを助けろ。父さんの心配はするな。おそらく子供もできるのだろう。きちんと家庭を守れる妻であり、母であれ。父はそう願う」 「は、はい。わかりました……。心得ておきます」  自衛官はなにかが起きたら国民のためにまず動く。家族を置いて現場へ向かう。母が生きている時、現役自衛官だった父は常に『俺が出動するようなことが起きたら、おまえはまず、子供たちとこうしろ』と母に言いつけていた。母も強く頷き、自衛官の妻としての心構えを携えていた。あの光景が蘇る。  母のように。柚希の現場は常に『家庭』である。父のことは放ってでも家庭を守れと言われたのだ。  芹菜母が隣でもう泣いていた。もっと素敵な時間を、笑いの時間を予想していただろうに、とても厳しいものを目の当たりにしてショックを受けたかもしれない。
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