⑩あなたの微笑みのために

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 将馬は次年度から、真駒内駐屯地内にある教育部で『冬季遊撃レンジャーの教官』を務めることが決まっている。あと数年はファミリーで真駒内で暮らすことになる。   ---⛄    札幌の街が白く染まる季節――。  寿々花はたったひとりで分娩室にいる。  自分で決めたことだった。  もしこの時に、夫が部隊業務で仕事優先になったら『ひとりで産む』と決意をしていた。  本当にその通りになった。父・一憲、伊藤旅団長に付き添う大事な業務が入り、いま将馬は北海道にはいない。 『俺が札幌に帰って来てから産気づくといいんだけれど』 『もし、あなたがいなくても大丈夫。自衛官の妻は結婚するときに、そんなことも覚悟しています』  私は、自衛官の妻で、自衛官の娘で、自分も自衛官だから。  寿々花は夫に笑顔でそう言い切った。  寿々花を心配そうに抱きしめ、父とともに遠い九州の合同演習の視察へとでかけた。  だから父もいない。でも、すぐそば、分娩室の外には、母が、そして拓人と岳人パパも付き添ってくれている。  ひとりじゃないのはわかっている。  いま札幌は雪がいちばん降る季節。さっぽろ雪まつりがもうすぐだ。  真駒内の部隊からも、精巧と評判の雪像建設をするための隊員を派遣させている。  しんしんと雪が音もなく絶え間なく降り積もる夜……。まっしろな雪が美しく降り積もる、静かに。寿々花の頭のなかはそんなことが浮かんでいる。  そこに冷たい顔をしたあの人が、たったひとりで立っている。  私と、拓人と、ちいさな女の子が、一緒にその男性へと手を差し伸べる。やがて冷たい顔の男がその手を取ってこちら側に来ようと、雪を踏みしめ歩み寄ってくる。
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