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『清花』、強くひっぱってあげて。『拓人』、その男の人の手を離さないで。寿々花も力一杯、彼の手を握って、降り積もる雪の中にいる彼を、子どもたちと引っ張る。
産まれましたよ!
そんな声が聞こえた時、アカシアの甘い香りがした気がした。
雪の中にたったひとり冷たい横顔で立ち尽くしていた男が、私と清花と拓人が微笑んで待っているこちら側に、笑顔で一歩を踏み出し入ってきてくれた。
自衛官の彼にアカシアの白い花が降り注ぐ、甘い香りのなか。彼がしあわせそうに微笑んで、私と、拓人と、清花と。そして、岳人パパと一緒に抱きしめてくれている。
そんな光景が、息を弾ませ痛みから開放された寿々花の脳裏に浮かんで見える。私の、寿々花の『ファミリー』だ。
出産を終えたら、朝になっていた。
母と岳人パパは交代でそばに付き添ってくれ、拓人も病院にとどまってくれていた。
寿々花の次に、娘に触れたのは兄の拓人。
『妹~、いらっしゃい。がんばったね。兄ちゃんだよ。妹~、清花って名前に決まってるんだよ~』
だっこはまだ出来ないけれど、小さな手を握ってくれ、一生懸命話しかけてくれた。
産まれたばかりの子どもの写真をスマートフォンで撮影をして、夫と父へと送信をした。
その日は寿々花も初めての赤ちゃんのお世話や休息で、あたふた過ごしていて、いつのまにか夕刻になっていた。
「すずちゃん! また来たよ! 清花、いまどこ?」
母と様子見に再度訪ねてきてくれた拓人が病室に駆け込んできた。
ベッドへと元気いっぱいに駆け込んできてくれたのは拓人だけかと思ったら、彼が一生懸命に引っ張ってきてくれた男性がひとり。
紫紺の制服姿の男がそこに立っていた。
「寿々花」
「将馬、さん……。ど、どうして。まだ帰る日じゃない……のに」
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