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「ううん。あ、私、野菜ジュースを買いに食堂の売店に行ってくるわね」
お見合いで出会った時以上の輝く微笑みを見せてくれる栗毛の夫。そんな彼を見たら、一瞬だけ嫌な予感がした気持ちが晴れていく。
---🍙✨
企画室を出て、千歳は自社食堂へ向かう。小さな売店はちょっとしたコンビニのようになっていて、そこに紙パックの野菜ジュースがあるのでそれを購入した。
食堂の片隅にひとりで座って、そのジュースをストローから吸って飲んだ。『おいしい』。さっきの味覚の違和感はなんだったのだろうと首を傾げた。
ちょっとだけ目を瞑って頭の中をからっぽにしてみる。
来るかな?
来ない……。なにかあれば福神様が『こうなんよ~』と呟く声が聞こえることもあるけれど、なんのお告げもない。それならそれだけのことだったのだと千歳は安堵する。
企画室に戻って、もう一度、待望のおにぎりに向き合った。
伊万里はすでに自分に与えられた数だけすっかり平らげていて、キッチンの片隅で自らコーヒーを淹れているところだった。
「……伊万里、これ、あげる」
千歳が食べるはずだったおにぎりを、すべて伊万里へと差し出した。
フィルターにお湯を注いでいた伊万里の手が止まり、栗毛の夫も目を見開き静止していた。
「え、マジ? え、いいの? 俺、マジで全部食べちゃうよ。全然イケるし!!」
そうは言いながらも、いつもの無邪気さもどこへやら、伊万里はすぐには『やった、やった。俺のもの!』とは飛びついてこなかった。
姉が買った物なら遠慮はないが、義兄の差し入れなのでそこは多少の遠慮をみせたのだろう。
夫の朋重は少し反応が違った。
「千歳? なにかあった?」
いつも姉弟で言い合いながら大食い三昧をしているのに、食べる魔女である妻が、いつになく少食なので案じたようだった。
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