5114人が本棚に入れています
本棚に追加
朋重と少しだけ歳が離れている義兄。大人の彼と大人の義姉は、千歳にとっても立派な先輩なのだ。
そんな義兄夫妻が、ひとしきりお喋りを終えると、二人揃って息を揃えたように顔を見合わせた。千歳には神妙な面持ちに急変したように見え、なにかあったのかと感じたほどだった。
少し躊躇ったように見せていた義兄の秀重が、千歳を見つめた。
「その……。千歳さん、いまつわりで辛いとは思うのだけれど、食欲もいつもより落ちているはずだよね」
「ええ、はい。伊万里の畑で収穫したトマトがいまは一番おいしいです。なので、弟が毎日、収穫したものを会社まで持ってきてくれています」
「そっか……。さすがの千歳さんも、つわり中は無理かな」
朋重も兄がなにを言いたいのかと、眉をひそめる。
「なに。兄ちゃん。なんかあったのかよ」
また秀重義兄と桜子義姉が顔を見合わせた。
「どうかされましたか。義兄さん、義姉さん」
千歳も何かあると感じて、再度尋ねてみる。
お二人がため息を同時について、観念したようにして事情を話し出した。
「実は、千歳さんと伊万里君にお願いしたいことがあったんだよね」
「でも、あなた。伊万里君だけでもなんとか、ねえ……」
「どのようなことでしょうか。つわりは始まりましたけれど、お力になれることなら、遠慮なさらず教えてください」
千歳のその言葉で吹っ切れたのか、秀重義兄がやっと詳細を口にした。
「毎年、温泉街のホテルや旅館に出入りする食品業者の試食会というものがあるだろう。しかし試食と称して、品評会のようなもの。食材の質のチェック、コストチェック、製品アピールのチャンスといったもので、社運もかかっているし、または契約を継続更新させるための大事な催しなんだ」
それは荻野製菓も参加することがあるので、千歳もよく知っているものだった。
最初のコメントを投稿しよう!