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「その、ご挨拶が足りないって意味、まあ、『全部食えないとは失礼な』という嫌味かな。北海道に来る観光客は、魚介を楽しみにされている方が多く、北海道牛は二の次というか。おいしい高級ブランド肉は、北海道でなくても食べられるわけだから、水産物を目の敵にされているようなんだよね」
なるほど――と千歳も唸った。
ということは。つまり、その怒濤のように出される『試食肉』をすべて平らげて正確な感想を言える者を連れていきたいということらしい。
「君たち姉弟、食べる力もさることながら、舌も肥えているだろう。もしかして、あちらを今年は黙らせてくれるかなと期待してしまったんだ」
「私も妻としてご挨拶で毎年参加しているの。だから、あちらの社長さんの、その、嫌みったらしい言い方がもう~我慢できなくて。毎年、引きつり笑いで耐えるのだけれど、そろそろ限界なのよ。でも! 私たちには心強い親族が出来たじゃない! 上限なしの海鮮丼をあんなに平らげた荻野姉弟が! と……閃いたのよ。でも、」
桜子義姉が口ごもった。
千歳の妊娠が判明し、つわりの最中。食欲が減っているところで、フルパワーではない。戦力にならなくなってしまった――と気がついて、がっかりしているらしい。
だが千歳はにんまりと、微笑み返す。
「あら、お義兄様、お義姉様。私もいきますわよ。もちろん伊万里を連れていきましょう」
お二人が『え』と、目を見開いた。
「もしかして千歳さん、つわりでも大丈夫だとか……?」
「いえ、まったくです。この前も朋重さんが差し入れてくれた『おにぎり』二十個、五個までが限界でした……」
「おにぎり、五個……。俺なら三個で限界かな」
「私、頑張って二個、かしらね」
「私もいまは二個が限界です」
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