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⑤伊万里臨戦態勢
湖にある温泉街に到着。道内でも名が知れているホテルでの品評会開催だった。
札幌から高速で一時間とちょっと。青い湖が広がる向こうに羊蹄山がみえる温泉街。水辺に老舗の旅館とホテルが並ぶ。
景色は最高なのに、高速を使っても車酔いをしてしまい千歳はへろへろになりながら車から降りた。
「ちょ、姉ちゃん。大丈夫かよ……。車で義兄さんと休んでいたら。なにもないようにって、父さんと母さんから、俺が頼まれているからさ」
「そうだよ。千歳。うちの兄と伊万里君が行けばそれでなんとかなりそうなんだから」
だが千歳は、案じてくれる過保護な男二人を制して背筋を伸ばす。
「大丈夫……。今日は私も、その精肉会社の方にお目にかかりたいの」
「いやだから、それは、今日も食べたいパワー全開の俺でいいじゃん」
「伊万里では駄目なの。お姉ちゃんの私じゃないと駄目なの」
「なに意地張ってんだよ。俺じゃ頼りないのかよ」
――と伊万里が一瞬ふて腐れたのだが。弟ゆえか急にハッとした顔を見せた。
「うっわ。もしかして、なんか言われたんかよ。お告げがあったん?」
「……ま、まあね」
姉弟のそんな会話に、夫になった朋重もすぐに察しがついたのか驚いている。
「それって神様がってことだよな」
「うん……」
吐き気がまた襲ってきて、千歳はハンカチで口元を押さえながら力なく答える。
数日前の深夜。また就寝中の時だ。いつものように福神様が夢に登場。
『肉三昧ですな! 楽しみですな~。ちょいと浦和の長男さんから聞いた業者のこと、覗いてみましたのよ。いいね~、いいじゃないの~。なんかウキウキするから行きましょ、行きましょ。なんか、おもろいこと起きそうなかんじがするわ~。弟だけじゃダメダメ。千歳も頑張っておゆき』
高級肉が待ち遠しいのか、最近はナイフにフォークをもってスキップをしていた。
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