⑤伊万里臨戦態勢

3/6
前へ
/916ページ
次へ
「えっと、秀重義兄さん。海鮮丼、一杯だけ食べてもいいですかっ」 「あはは。いいよ。試食用のミニ丼になるけど、五杯までなら。伊万里君が来るからと、その分の食材は持ってきているから。あ、でも、伊万里君、今日のメインは――」 「わかってます。じゃあ、一杯だけ! 行ってきます!」  誰よりも先に伊万里が浦和水産のブースにすっ飛んでいった。そばで優しく寄り添ってくれていた桜子義姉と一緒に千歳は笑う。 「一杯で我慢できるのかしら。伊万里君たら」 「五杯食べても、おそらくお肉もめちゃくちゃ食べますよ。大丈夫。でも一杯で我慢したというのが、伊万里の今日の本気ですね」 「あら。頼もしい。上限なし食事会の時、すごかったものね~。あれ、また見たいわ~」  あんな大食いをする姉弟を、こんなふうに受け入れてくれる親族で良かったと、結婚した後も常々千歳は思っている。  秀重義兄も朋重も、兄弟で並んで伊万里を微笑ましく見送って、自社のブースへと笑いながら向かっていく。 「伊万里君、うちの社員と調理人とも顔見知りになっているんだな」 「婿になった俺も荻野本社には提携の案件で自由に出入りしているけれど、伊万里君も浦和の本社も工場も、ここ最近けっこう出入りしているからなあ。なんか工場のママさんたちが、伊万里君が来るとすごい喜ぶんだよ。俺が『お願い』と言うより伊万里君のほうが威力ある」 「すぐに人に好かれるところ、伊万里君らしいなあ。両社ともに提携も安泰で、社長の俺も安心だよ」  今日まで気構えていた義兄の表情が緩んで和やかな面持ちになっていたので、千歳も密かにホッとする。  それにしても。栗毛のご兄弟が並んで歩いていると煌びやかだなあと千歳は改めて思う。その証拠に会場にいる人々が『どこの方』という目線をちらちらと向けている。  いつもは兄の浦和社長だけが参加していたのだろうが、今日はおなじ栗毛の弟、副社長も一緒なので目立つようだった。
/916ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5114人が本棚に入れています
本棚に追加