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すでに大きな鉄板を設置して、焼いている肉から煙が立ちのぼり、すぐそばにある窓から外へと、風に流されている。煙をうまく外にだして、バルコニーにはオープンカフェ風の食事用テーブルも設置されていた。
「毎年のことなので、ホテルのバイヤーさん側も気を遣ってくれたようで、ブースの位置は離してくれたんですよ。それでも、準備中に『地味ですね~。おにぎり? 地味ですね~』と言ってきたんです」
社員さんも口惜しかったのか、険しい表情に歪んでいる。よほど悔しかったのだろうと千歳も感じ取った。
秀重義兄も『はあ』と盛大なため息を落とした。
「すまない。社長の私が君と会場入りしていれば、私が受けたのに」
「いいえ。自分も毎年、社長のそばで聞いてきたことですから」
頭を下げる社長に恐縮している社員さんを見て、桜子義姉も沈痛の面持ちだった。義姉も聞きたくない言葉をいままで聞いてきたのだろう。
「へえ~。普通さ。まったく気にならない相手ならちょっかい出さないよ。つ・ま・りは、浦和さんのこと羨ましいんでしょう。自分より劣っているところ確認しないと心穏やかじゃないんでしょ。それだけじゃん」
小さな海鮮丼など秒で放り込んでしまう伊万里が、ほっぺたを膨らませたまま怒り顔で言い放った。
はっきり言い放つ性分の弟に、浦和水産の一同はあっけにとられていたが、やがてほっと綻んだ笑みを見せた。
「ありがとう。伊万里君。そうだ。また上限なし、今度は海鮮鉄板焼きを今回の報酬でどうかな。お姉さんのつわりが収まってきたらだけれど」
「え!? マジっすか!! うわ、社長直々ってことっすよね。すげえ、秀重兄さん!!」
『海鮮焼きとは!? 貝とか海の幸を焼くってことだわよね!!』
ナイフとフォークをずっと持って待ち構えている福神様がまた、千歳の脳内で踊り始めた。
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