⑥お肉屋さんの挑戦状

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⑥お肉屋さんの挑戦状

 鉄板から立ちのぼる煙、ジュウジュウと音を立てているステーキ肉たち。ブースのそばに立ててある(のぼり)には『長谷川精肉』とある。千歳も聞き覚えのある精肉会社だった。  道内の和牛生育が盛んな有名どころの地域が本拠地で、そのなかでも有数の会社名だった。祖母はもしかすると対面したことがあるかもしれない。  千歳はまだ祖母や父親に付き添って修行中の身なので、長谷川とは初顔になる。  弟も意気揚々と向かっているが、援護の姉は『跡取り娘』としての心構えを整える。  肉のいい匂いと、煙で燻される強い匂いに、千歳の胸にむかつきが込み上げてきた。だがそれも堪えて、弟と辿り着いた。  五十代ぐらいのエプロンをした男性と、そばについている若い女性もエプロン姿で、おふたりで鉄板にて肉を焼いていた。  口ひげがある、ちょっと堀が深いお顔立ちの男性が荻野姉弟に気がつく。 「いらっしゃいませ。どうぞ、お試しください」  伊万里と千歳を伺うような視線が男性から注がれる。どこの誰だ、初めてみる顔だなという様子だった。  ホテル食品バイヤーでなければ、ホテルに卸している食品業者の社員だろうが、どこの会社の者かと探っているのだろう。  おそらくこの方が『長谷川社長』だと千歳は見定める。  目線が鋭いとかではなくて、様々なことを考えて分析されているようなじっとりとした目線だった。  その社長が千歳の隣にいる朋重を見つけると、眉間にしわを寄せた。  あ、浦和水産の関係者だと気がついたなと千歳はヒヤッとする。朋重はいつものにっこりとした微笑みのままだった。 「おや。浦和水産の社長さんとご一緒だったお方ですよね。社長に似ていらっしゃいますが、ご兄弟さんですか」
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