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義兄に依頼されたこととはいえ『おいしいものにあやかりたい』は本当のところなので、千歳はなにも言い返せず……。そんな不純な動機の者を、親族だからと連れてくるなと、長谷川社長はここぞとばかりに非難をしてきた。
その時だった。隣で肉を焼いていた女性が、社長であろうに長谷川氏を睨んだのだ。
「社長、失礼ですよ。毎回言っているじゃないですか。人に喧嘩を売るような言い方をやめてください! あと人をじろじろ見てはいけませんって、お母さんとお兄ちゃんからも言われているでしょう」
ん? 千歳と朋重は揃って、彼女の言い方が途中から変わったことに眉をひそめた。社長と敬語で注意していたが、最後は『お母さん、お兄ちゃん』と言い放った。つまり、娘さん!?
「父が申し訳ありません。あの、ぶっきらぼうな人なんです……」
眼鏡をかけている大人しそうな女性が、必死に頭を下げてくれる。
シンプルなボブヘアだが、染めていない黒髪はとても艶やかだった。
お嬢さんに注意をされると弱くなるのか、長谷川社長はとてもばつが悪そうにふて腐れていた。心当たりはあるようだった。
娘に諫められたことを誤魔化すかのように、朋重からもらった名刺を眺めていて、また長谷川社長が面食らっている。
「ちょっと、浦和の弟さん? あなた氏名が浦和じゃなくて『荻野』になってるじゃないか」
「はい。妻の家に婿入りしましたので、一年前に名字が変わりました。ですが、勤めは実家の浦和水産のままで兄の経営を手伝っております」
「え、次男だから婿に入ったってこと? そちらの奥様が荻野さん?」
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