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だがそこで、長谷川社長が初めて……。ふっと男らしい柔らかな笑みを見せたのだ。
「美味しく食べてくれる人間が好きなだけだよ。間違いなく味わって食べてくれそうだと思ったからさ……」
あ、この社長さんは……。愛している牛をいい加減に味わってほしくない、そんな親心が強い人だと千歳は感じた。それはもう、素敵な男の顔だった。
なのに社長はまたすぐに『にやっ』とした不敵な笑みを浮かべ、伊万里の目の前で試食で賑わうホールへと指さした。
「弟君、ほんとうに1ポンド、三つ。食べられるのかな。だったらさ。本当にご馳走するから。すげえ美味そうに食って、見せびらかしてくれよ」
「了解っす。そういうの得意っすから。いっただきまーす!!」
「よっしゃ。次、フィレ肉を焼いてくるから頼んだぞ」
ついに伊万里が持っているナイフとフォークが分厚いステーキ肉へと差し込まれる。カットしたステーキの真ん中は程よくミディアム、赤身が残っている。
「うわー、美味しそう! いいなあ~伊万里……。ほんとうだったら、私も1ポンド食べたい~! なんなら3ポンドでも行けるのにっ」
「姉ちゃん、すまない。マジですまない。生命を育む使命を負っている姉を目の前に、遠慮なく食べること、マジでマジですまない。でも、いっただきまっす!!」
分厚いステーキ肉を伊万里が頬張る。
「うんんっーーーーーまああい!! さっきのひとくち試食の百倍のあじわい!! あー、姉ちゃんも食べられたらよかったのにぃーー」
ああ、本当ならば。伊万里みたいに1ポンド私も行けるのにと、千歳も口惜しい。思わず拳を握って『うぐぐ……』と歯を食いしばるほどに悔しがってしまった。でもいまは我慢。食べ過ぎは我慢なのだ!!
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