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少しの量と、弟自慢のトマトしか食べられない日々が続いていたから『食べる魔女』の欲望が満たされていくようで、千歳はほんとうにうっすらと涙を浮かべてしまっていた。
たぶんたぶん。福神様が『いまだけよ。私もうまうま』とご自分のために、千歳に食べさせている気もするけれど?
豪快に大きな肉の塊を食べる青年と、黒髪ロングヘアの女がおなじようにステーキを一枚二枚と食べているテラスへと、人々の目線があつまってきたようだった。
ガラスで仕切られているテラスとその向こうのホール、徐々に他の業者が『けっこう食べてないか。あれ……』と物珍しさで近寄ってきているのがわかる。
千歳はちょっと恥ずかしくなってきたのだが、伊万里はなんのその。
「フィレも最高っっ! 脂身がうまいサーロインのあとに食べると、肉質の柔らかい上品さが際立つーーー。今度は肉そのものの旨みが、俺のお口の中にめいっぱい広がって幸せ~。あーー、がっつり辛めフルボディの赤ワインがほしいっ」
さらに運ばれてくる肉料理。木乃美が最後に持ってきたのは、1ポンド分のもも肉でつくったローストビーフ。
今日のために前もって仕込み、いつくか塊で持ち込んで来たものだという。
肉の塊をそのまま持ってきて、伊万里と千歳の目の前で綺麗にスライスしていく。
小皿に盛り付けて、彼女がドレッシングソースも添えてくれた。
よくあるグレイビーソースではなく、見た目もさっぱりなテイストを感じる野菜みじん切りのソースだった。そばで給仕をしてくれる木乃美に、千歳は尋ねる。
「グレイビーソースのようなものではないのですね。玉ねぎですか」
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