⑧実は大ファン

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⑧実は大ファン

 長谷川社長が変なことを言い出した。  伊万里と、彼の娘『木乃美』と見合いをさせたい?  いや、もう対面しちゃってるじゃないかと千歳は我に返る。  だが長谷川社長は言いたいことだけ言ったからと、バイヤーたちに呼ばれ『1ポンド山分けシェア』用のアピールをしなくちゃとブースに戻ってしまった。  呆然とする姉と弟……。  伊万里に至っては、ステーキ肉をフォークに刺したまま目を点にして停止状態になっていた。 「とにかく、食おう……」  あ、食べるの再開したと千歳も弟を眺めているのだが、せっかくの最上級ステーキ肉を食べているのに、心あらずで味わっているようにしか見えない。そんな無言で食べているのは伊万里らしくない。美味しかったら、先ほどまでのように、身体で目一杯の表現と溌剌の声で、騒々しく食べているはずだからだ。 「あ、姉ちゃんにもひときれ、分けるな。めっちゃうまいよ。さすがA5ラン肉だよ」 「う、うん。ありがと……」  姉の目の前では子供っぽいままの弟なのに、こんなふうに大人らしい気遣いをみせてしおらしいと、逆に姉は心配になる。 「朋兄ちゃん帰ってこないな」 「あら、ほんとうね。どうしちゃったのかな」  長谷川社長の衝撃発言で、姉弟で呆然としていた時間が長かったのか、夫がなかなか帰ってこないことにやっと気がついた。  伊万里と一緒にホールの向こうへと目を懲らして探したが、見つけたのはすぐそこで、栗毛の彼がひと皿を持って肉を焼いている木乃美に話しかけていた。  しかも隣に戻った長谷川社長がまた顔をしかめて、朋重にやいやいと文句をけしかけている様子が見られて、千歳はひやりとする。
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