⑧実は大ファン

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 なのにこんなときでも、夫の朋重が明るい笑顔のまま聞き入る様子が窺える。そんな若い副社長の余裕に、長谷川社長も観念したのか、朋重が持っているひと皿から、スモークサーモンをひときれ貰い頬張っている姿が見えた。 「あ、朋兄ちゃん特製のスモークサーモンマリネを長谷川社長が食べたよな」 「ほんとね。浦和水産のものは拒絶しているのかと思ったのに」 「でも、喜んで食べている顔じゃないねえ。なんでそんなに水産を受け入れないんだよ」  長谷川社長の頑なな様子に、伊万里とため息をついていると、やっと朋重がスモークサーモンマリネのひと皿を持って、木乃美とテラス席に戻ってきた。 「ごめん。そこ、長谷川社長のまえに群がっているバイヤーさんたちに、俺のスモークサーモンマリネが目にとまったらしくて、食べてみたいと言われて振る舞っていたんだ」  木乃美に食べさせたくて持ってきたのに、精肉屋さんブースの前でバイヤーさん達が、余所にある他社ブースの海鮮ものに視線を奪われてしまったらしい。それで長谷川社長が『うちの目の前で商売をするな』と怒ったのだとか。 「うちの浦和水産ブースにありますよと伝えたけれど、バイヤーさんたちがすごい突っ込んできて断れなかったんだ。でも、マリネドレッシングも、長谷川さんのローストビーフドレッシングも荻野のスマートトマトを使っているので食べ比べたいと説明しておいた。そうしたらさ、バイヤーさん達が『そのドレッシング、海鮮版とステーキ肉版ってことだよね。食べ比べたい』とか『荻野のスマートトマトも試したいな』とか、興味もってくれちゃっていたよ」
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