⑧実は大ファン

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 実家会社のスモークサーモンよりも、荻野のトマトをうまく宣伝してきたという夫の報告に、千歳も伊万里は驚き、でも喜んだ。 「朋兄ちゃんったら。実家の製品より、婿入りした家のものをアピールしてくれるなんて立派な婿じゃんね、それ! でもさあ、うちのトマト、いまのところ荻野の製品用だからなあ」 「伊万里のトマトおいしいよ。あれ、いろいろ卸すとしたらどうなるのかな。ここのところは、社長のお父さんに相談しないとわからないね」  伊万里のトマトが思わぬところで注目されたのも意外で、でもそれならばトマトジャム以外の道もあるのならどうすればいいかなどを思い巡ってしまった。  するとそこに、朋重についてきて、またもや静かに控えていた木乃美が入ってくる。 「私、そのスマートトマトにすごく興味があります。製品加工するまえの、トマトそのもの、食べてみたいです」  眼鏡の彼女の視線が、伊万里へとまっすぐに向けられていた。  そのトマトの管理は伊万里がしているから、お願いをするなら彼だと思っての視線だった。  木乃美はまだ知らないのだろう。父親が荻野の子息と見合いを望んだ発言など。でも伊万里も見合いを望まれたお家のお嬢さんと意識してしまうかなと眺めていた千歳だったが、弟もなんの気もない様子で木乃美に答える。 「そんなに興味があるならおいでよ。このドレッシング、ローストビーフに凄い合っていたよ。これだけ美味しく活用してくれたのなら、原材料のトマトも一度食べてみてほしいな」 「ほんとうですか。スマート農業にもすごく興味があるんです」  じゃあ、予定を合わせようか――と、二人がスマートフォンを取り出して、連絡先IDの交換を始めた。  見合い……、しなくてもいいんじゃ?  千歳はそう思ってしまった光景だった。
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