⑧実は大ファン

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「こちらこそ、口が悪い父で申し訳ないです。今回だけではありませんよね。ここ数年、父は浦和水産さんに対して、だいぶ失礼な物言いをしてきたと思っています。特に去年までは兄だけが父と一緒に参加していましたが、兄が注意をすると父は息子には折れたくなくて、ひっこみがつかなくなって、会場であるこの場でも親子で険悪になって最悪の仕事になるとぼやいていました」  なんか目に浮かぶなあと千歳は思ったが、苦笑いを浮かべている朋重も伊万里もおなじことを感じているのだろう。  木乃美もそんな父の所業に兄と頭を悩ませていたとかで、今年は娘の自分がそばにいるなら少しは態度を変えてくれるだろうからと、お兄さんと時間差交代で会場入りすることになったのだと教えてくれた。 「でも、娘として言い訳をさせていただけるのなら。それは、大事に育てた牛たちですから、命をもらっている以上、最高の形で届けたいだけなんです。いい加減に食べられることもすごく嫌います。そのかわり、美味しく食べてもらうことが、最上の喜びなんです」  なので、行き過ぎた言葉をお許しください――と、眼鏡の彼女が楚々とお辞儀をしてくれた。 「わかりますよ。おなじ食品を扱う業者なのですから。僕の実家も、危険な海で漁師が揚げてくれたものは大事に届けたい想いで経営していますから」 「私もです。お父様のお気持ちは当然だと思います。手塩にかけて育てられたのならなおさらだと思います。私も祖母や父に常々、お客様に喜ばれるものを届け続けることと言われておりますから」  朋重と千歳がそろって賛同の意を唱えると、木乃美もほっとした笑顔を見せてくれる。
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