⑧実は大ファン

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「おなじ気持ちをお持ちくだることがわかると、これまでの心苦しさが軽くなります。申し訳ありませんでした。副社長のお兄様、浦和社長にはとくにご迷惑をおかけしたと兄も心痛のようでしたから。父はただ、大事な牛たちが、どこのなによりも、最高のご馳走であってほしいんです。子供たちをいちばん自慢に思っているやりすぎる親心とおもっていただけると助かります」  機会があれば浦和さんに伝えたかったと、木乃美がすこし涙ぐんでいたので、荻野の三人はともに黙り込んだ。  でも木乃美の言葉は、千歳の胸の奥に響いた。  和牛は特に、仔牛のころから丁寧に育ててきたはず。いわば子供みたいなものだ。その子供を人間の食のために屠殺(とさつ)をして、精肉し、人々の食卓へ。子供が最高と讃えられなければ申し訳ない気持ちになるから、父親として胸を張って送り出すのも当然のことだと感じたからだ。  本当に職人、常に譲れない想いを携えていて、常に真剣勝負。そして……『ほかのご馳走に負けたくない』。それが『浦和水産に負けたくない』、この社長の信念で心持ちなのだと、千歳は気がついてしまったのだ。 「父、あんなふうに浦和さんを目の敵にしていたのは。実は、浦和さんの商品が大好きだからなんです」  え!? 思わぬ言葉に、千歳はおろか、社員である朋重のほうが驚きとびあがっていた。 「え、そうだったんだ? えー……、あっ、だから! 自分が好きなもの以上のご馳走にしたいってことだったのか」
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