⑧実は大ファン

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「もう、お父さん。自分で行けばいいでしょう。皆さん、興味あるブースにご自分の足で出向いてご挨拶をしているというのに!」  浦和水産に興味もあるし招待もしたいし挨拶もしたいけれど、自分から素直に出向く気持ちはにはまだなれないらしい。木乃美が娘として諫めたが、そこで朋重がいつもの笑顔で間に入った。 「いいえ。ご招待、ありがとうございます。弊社の商品も興味をもってくださって。いま兄と義姉を呼んできますね。それからほかの食品もこちらに持ち込んで来ます。お待ちくださいね」  また栗毛の彼の軽やかさに、父と娘が大人しく引き下がってくれた。  朋重が再び『行ってくるよ』とテラスを出て行った。  また千歳と伊万里が残された席に、素直になれない父とむくれている娘も置いておかれる。  黙っていた父娘の空気を変に乱さないようにと、千歳も伊万里も食べ終わったステーキ皿を見つめているだけに。そのうちにやっと、父娘が会話を再開させた。 「お父さん。1ポンド山分けシェア、成功したようね」 「おう。いま龍介が続けて焼いてくれてるから、父ちゃんもひと息つくことにした」  頼もしそうな長谷川家長男さんが、トングを持っている逞しい腕で大きな肉を三つほど一度に焼いている。  長谷川社長もそれで張っていた気が緩んだのか、群がるバイヤーや他社社員の試食をながめて、穏やかなお顔になっていた。  ひと息ついた父親の表情に安心したのか、木乃美から近づいて話しかけた。 「お父さん。私ね、伊万里さんが育てているというスマートトマトの畑の見学、お許しもらったの。おじゃましてもいいよね」 「はあ? スマートトマト? おまえがドレッシングの調合に使っていたジャムのことか」
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