⑫信じてないよ

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 白髪のご老人がカウンターでネルドリップの珈琲を淹れているところだった。  一目見て、千歳のテンションが上がってくる。『ここ絶対にいいお店!!』という勘だった。  それはもう千歳が特異な生まれだからわかるというものではなく、朋重も、長谷川社長も、そこで嬉しそうな笑みに崩れていたのだ。彼らからも『あ、いい店だ』と感じさせるものを、マスターが放っている。  そして店内の雰囲気も。こぢんまりしていた店の入り口のイメージと打って変わって、小さなドアをくぐりぬけた向こうは長屋風で奥へと細長く広まっている。しかもその奥には、小さな庭が絵画のように見える窓があった。 「お好きな席へどうぞ」  ホールのテーブル席にはぽつりぽつりと客がいて、静かに珈琲を楽しんでいる姿がみえる。 「せっかくだから奥の窓席に行こうか」  長谷川社長が笑顔でそう言うので、千歳と朋重も頷いてついていく。  席についてすぐにマスターがオーダーを取りに来て、ひとまず三人で珈琲を頼む。千歳も今夜は一杯だけ、せっかくだから久しぶりに飲むことにする。こんな本格的な薫りに、バリスタの洗練された佇まいを醸し出していたマスターを見てしまったら、一杯は絶対に試していきたい。  奥の窓辺で小雪がちらちらと舞う庭を眺めて、長谷川社長が満足そうに表情を和らげた。 「うん。間違いないな。ここはきっと良い店だ。さっきのカフェは店先から落ち着きがなかった」 「僕もそう感じました。今風でお洒落でしたけれどね」 「年齢層もあるかもしれないな。若い者はあの雰囲気が気分良いのだろう。俺はだんぜんこっちだな。あの目立たない店先だと、知る人ぞ知る、大人の隠れ家ってところだよな。渋い!」
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