⑬お嬢さんこちら、ご縁の成る方へ

6/8
前へ
/916ページ
次へ
「どうして、ですか? いえ、子供の頃から自分が慣れ親しんできたものだからです。私の家族がおいしいと思って好んでいたものを勝手に提供していることになりますので、その、おしつけがましいことであれば申し訳ありません」 「いえ、そのようなことを言いたかったわけではないのです。こちらこそ、失礼を申しました」 「いいえ……。あ、自分が慣れ親しんだと言いましたが。祖母がよく言っていました。荻野のおはぎには神がついているかもしれないと……」  初めて入った店の、初めて会うマスターからそんな言葉が出てきて、千歳もどっきり背筋を伸ばした。朋重も同様で、長谷川社長に至っては目を丸くして固まっている。 「なんでも。代々神を敬うご一家とのことで、祖母は『あそこは神様を大事にする心で菓子を作っているから間違いはないよ』と言っていました。なんだか『お守り』みたいな気分で、お菓子を選んで食べていましたね。大ファンでしたから。いまも仏前には荻野のお菓子を供えております。私はこの組み合わせが好物でしたし、お守りのつもりで珈琲のお伴にしております。この界隈、飲食店の出入りは多いのですが、営業日を減らしても常連様が途切れることなく、細々ながら営業を続けてこられました。有り難いことです。そのときにふと、祖母の言葉を思い出すことはあります。荻野さんのお菓子をつけるのはそんな気持ちですね」  その話にも……。千歳はなんだか涙が滲みそうだった。  妊婦だから? 最近ちょっと感情の起伏が激しいところもあるせいか、急に現れた『ご縁』との所以に心が揺さぶられる。 「申し訳ありません。お客様には関係のない私事でした。どうぞ、ごゆっくりしていってください」  マスターがそっと下がっていく。
/916ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5113人が本棚に入れています
本棚に追加