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⑯いつもそばに
帰宅してきた朋重に、弟たちとのランチ会であったことを報告。
寝室のクローゼットの前でネクタイをほどきながら聞いていた朋重も目を丸くした。
「ちぃちーちゃんが? 自主回収の商品を食べたらダメと教えてくれた?」
「そうなの。この前は足が動かないようにされたけれど、今日は手の動きを止められたの」
「それでママが食べないように止めてくれたってことなのか……?」
「それに。入らないように止められたカフェも、実はあまりよい営業状態ではなかったみたいで、閉店していたの。それもちぃちーちゃんにはわかっていたんじゃないかって伊万里は言うの」
そのまま唖然とした様子の表情で、朋重が固まっていた。
我に返った彼も落ち着くように額の栗毛をかきあげる。
「そうか……」
娘がママを助けてくれたことをいままでのように『凄い』と明るく驚いてくれると思っていたら……意外な反応だった。
ほどいたネクタイをクローゼットのネクタイホルダーに戻し、シャツのボタンを外して着替えようとしている夫の顔が鏡に映っている。とても神妙な面持ちで、ため息をひとつ落とした。
「俺、本当の意味でわかっていなかったな」
なにを言いだしたのだろうかと、栗毛が麗しい夫の背を見つめて千歳は佇むだけ。いつも朗らかな夫が真剣な顔をすると怖く感じる。
でも。漁船でワイルドに野性的な男らしさを見せてくれた真剣さも伝わってくる。
「朋君……?」
「妊娠したころに、千歳が不安そうにしていただろう。お腹の子はどんな長子として生まれて、自分は育ていけるのかと……。千歳の跡取り娘としてのプレッシャーを励ましていたつもりだけれど、まだ他人事だったかもなって……」
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