⑰桃のお出迎え

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 今日の福神様は桃の絵柄がある美しい扇子を片手に、優雅に静かな舞いを踊っている。ゆったりとした動作で静かに厳かに――。無事に産まれることを祈るかのように、迎え入れるかのように。今日は凜々しいお顔の、かっこいいおじさんの姿だった。 「千歳、頑張れ。ちぃちーちゃん、もうすぐだ」  朋重の声が途切れず聞こえるのに……。 『あとひと息ですぞ、千歳。慌てず、恐れず、落ち着いて――』  福神様の声もときどき聞こえてくる。  夜明け前のうす暗い海を背に、ひたすら涼やかな声で千歳を励ます福神様は舞っている。  雪解けが始まった沿岸の丘、静かに回っている白い発電風車。石狩の海、水平線にさしこんでくるひと筋の光。海面に細くて長い黄金の道筋ができて、福神様がいる浜辺まで繋がった。  舞いが終わると、彼はぱちんと扇子を閉じた。  福神様の腕にはいつのまにか、愛らしい乳児がいる。まっしろな布に優しくくるんで抱いてくれている。 『これで、お別れですな。またいつか、どこかで。健やかであれ』  お髭のお顔をそっと近づけて、まだ目が開いていない乳児に微笑みかける福神様。やっぱり今日まで一緒にいてくれた? 守ってくれていた? 『では。お渡しいたしますな――』  福神様がその赤ちゃんを誰かに差し出していた。  綺麗な手が伸びてきて――。  娘の神様?  そんな映像が浮かぶ脳内、そして『これが最後、息んで!』助産師の声。朋重が握る手に力が入る。千歳も最後、力を込める。 『産まれましたよ! おめでとうございます!』  疲労困憊、千歳の意識はそこで朦朧とする。  もう目を瞑っても、福神様のお姿は見えなくなってしまった。
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