⑱ようこそ荻野家へ

1/5
前へ
/916ページ
次へ

⑱ようこそ荻野家へ

 親の神と子の神の引き継ぎの瞬間。そんなことが存在するのか、千歳は知りたくて、母が出産するときにも覚えがないか聞いてみたが、母の返答は――。 「そんなことはなかったけれど?」  ないのか。やはり母は母で、聖女様は父についているから見ることはできなかったのかと、期待通りの返答ではなかったので千歳はため息を吐いた。  マタニティパジャマでベッドの上で起き上がって腰をかけている娘を、母がじっと見下ろしている。母も母で、不思議な力を持つ娘のことを窺ってるようだった。 「千歳はなにかを見たの? 福神様からなにか言われたのかしら」 「産まれる直前に、福神様が赤ちゃんをだっこしていたの。『これでお別れですな。またいつか、どこかで。健やかであれ』と仰って、誰かに引き渡していた。きっと千咲を委ねる神様だったと思うの」 「あら、まあ。千咲ちゃんが夢を見たと教えてくれるまでもなく、千歳が先に見ちゃったわけ? でも千咲ちゃんがちゃんと夢を見たと教えてくれるまではわからないものね」  そこで母が急に黙りこくった。なにかを思い出しているように首を傾げている。母の頬にも春の茜がさしている。そうすると、母は本当に美しい人に見えるから、千歳はうっかり見惚れてしまっていた。そんな母が、千歳のためにもってきたタオルをロッカーにしまいながら、なにかをおもいだしたように話し出す。 「産む瞬間でなければ……。妊娠中だけれど、海辺で蛍のような小さな光と戯れる夢をみたことはあるわね」 「それって! そのときに、福神様らしい男性とかみたことある?」 「ないわね。千歳が小学生になって、遥万さんのように『おそばにいる』と教えてくれるようになるまでは、福神様という存在を認識できるようなことはなかったわね」
/916ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5114人が本棚に入れています
本棚に追加