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そこに気を利かせた束冴が、実母ミチルが準備してくれたグラスを千咲へと持ってきてくれる。
「千咲ちゃん。はい、これ。千草ばあちゃんに」
「ありがとう。束冴お兄ちゃん」
子供たちには敵わないのか、曾孫と一緒ならばと千草祖母がグラス片手に席を立つ。
久しぶりに凛とした空気を醸し出した千草祖母の姿に、賑わっていた空気がシンと静まった。ちょこまかと動き回る子供たちでさえ、大人しくなる。
しばし風とさざ波の音が、川端家の庭を取り巻いた。
「石狩のよい日和ですね。空と海の色、夏の風がうららかに私たちを包み込んでいます。ここにご縁があって繋がった皆様との集い。美しい一日になりますように、素敵な思い出になりますように……」
そこで祖母が目を瞑って黙り込んだ。
黙っている時が長いので、次の言葉を待っていた一同も『あれ?』と祖母へと訝しげな視線を集めた。
曾お祖母ちゃまとの乾杯を待っている子供たちも『ひぃばあちゃま、どうしたの』と見上げて様子を窺っている。
「そこの浜辺で、縁神様、福神様、保食神様、金髪の美しい女性が集っていますね。私たちのご縁を祝福してくださって酒盛りを楽しんでいますよ。ハマナスの薫りと花びらが舞う好天の海辺で、この日に集ってご馳走を準備してくれてありがとうと仰っている――」
え、嘘――。そう思って千歳は目を瞑って集中したけれど、見えなかった。父は? そう思ったが、父も目を瞑って確かめようとしてたけれど同じようだった。
父・遥万と共に、千歳は千草祖母を呆然と見る。
でも、きっとそれは確かに見える光景なのだろう。
今日の会食はご縁結びの集まりでもあって、神様への御礼も含めているのだから。
千草祖母は誰よりも年齢を重ね、精神を研ぎ澄ましてきた熟練の長老だ。誰よりも神に近く、見える力を備えることができたのかもしれない。
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