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なにを投げつけてきたのかと一瞬は目を瞑ってしまった千歳だったが……。そっと目を開けると紅の花びらがいっぱい、自分の頭上から降りそそいでいる。
群青色の夜の浜辺、そこに紅色の花が千歳に降りそそぐ。
ハマナスの薫りに包まれる――。
やっぱり。今日、川端家に遊びにきていたんですね。忘れ物は、あなたのものだったのですね! 花びらに包まれて、千歳は保食神様へと心から問いかける。
白い衣をまとった黒髪の女神様が優しく千歳に囁いた。
『縁深き者たちに幸あれ。千咲のことは任せてくださいな』
よろしくお願いいたします。娘のこと。
言葉を発することができない千歳は、ただただ深く一礼するのみだった。
ママ――。
お母さん――。
愛らしい声にはっと目覚める。
リビングのソファーで座ったままだった。目を開けると海はもう漁り火だけが見える暗闇に包まれている。
「ママ、どうしたの。これ」
「お母さん、どこかにお散歩に行ってたの?」
娘たちが千歳の頭や足下、そして座っているソファーのそこらに紅の花びらが散らばっているのを見つけて、小さな指でつまんでいる。
千歳はまたもや驚いて、ソファーに座ったまま飛び上がる。
「え、うそ。なにこれ。夢……で……。え!?」
ラフな格好で風呂から上がってきた朋重もやってきて、花びらを頭から被ったようにソファーに座り込んでいる千歳を知りギョッとした表情を見せた。
「うわ。どうしたんだよ。なんで花びらがこんなに散らかっているんだ。千歳、散歩でもしてきたのか」
娘と同じ事をいいながら、彼も花びらをつまみあげた。
だが千歳が茫然としている様子を知って、彼が訝しそうにしながらも、ふと考え込むようにして、つまんだ花びらを見つめる。
「ハマナス……。今日は神様のお花見。御礼の花かな」
「そ、そうみたい。御礼だって。幸あれって言ってくれていた」
朋重がふっと口元を緩める。動揺はもう見せようとしない。彼はもう『妻に不思議なことが起きたら、それは神の仕業』と気がつくことができる人になっているのだ。
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