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心路義兄の車だ。自衛官はなにもなければ割と規則正しく、定時で帰宅する。いつのまにか義兄もご帰宅のようだった。
両家の入り口となる廊下側のドアも施錠はできるようになっている。だが柚希はその鍵をもらっているので開けて実家スペースへとおじゃまする。
その途端だった。
「だから! そんなことは気にしていないし、気にしなくていいと言っただろ!!」
心路義兄の怒声が聞こえてきた。キッチンからだった。
またあの優しい義兄が怒っている? 自衛官だから怒る声も大きくよく通る。柚希がいるこの場所まで響いて硬直、直立不動になってしまった。
しかもその後には姉の泣き叫ぶ声まで響いてきた。
「だって! 私いま、なにもできない女で、なにも華やかさもなくて、なにも進歩していないんだもの!! これからもパイロットでいられるの? 戻っても仕事で一路をほったらかしにしない? 一路のためにやめたらいいの? でもやめても私、なんにも女らしさもない、殺風景な家庭しかつくれない女かもしれないじゃない!」
そんな姉の声もよく通って、まだキッチンから離れてる柚希のもとにもよく響いてきた。
そこで柚希はやっと一歩踏み出していた。
姉と義兄がいるキッチンへと向かう。まだ姉はたくさんの『不安』を秘めていた。柚希も知らない不安がいっぱいあったんだと知る。
でも夫妻だけで向き合って話し合うべきなのでは?
柚希は再度立ち止まっていた。キッチンのドア手前で――。
なのに勘が鋭い義兄に気がつかれる。
「ユズちゃん?」
足音が聞こえたのかもしれない。
こんなところ、さまざまな環境で訓練をしてきた自衛官だなと、柚希は諦めてキッチンのドアを開けていた。
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