④自衛官を守るのは……

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④自衛官を守るのは……

 夫も仕事から帰ってきたばかりなのか、スリーピースのスーツを着たままだった。  涼やかな彼がキッチンに現れると、夫と妻で熱い討論を繰り広げられていたそこがすっと落ち着いたように柚希には見えた。胸元に抱いていた甥っ子も、いつのまにか静かになって柚希に話しかけるようにふんふんと小さな言葉を発してご機嫌なお目覚めに変わっていた。 「すみません。俺もいま帰ってきたばかりだったんですが、柚希がなかなか戻ってこいないので、様子見に来たら聞こえてしまいました」  柚希がうっかり遭遇してしまった時のように広海にも目撃されてしまい、また百花姉と心路義兄が目をそらすようにうつむいた。  荻野製菓本店で店長だった時のまま、夫の広海は穏やかに微笑みながら、乳児の世話でやつれた姿になっている姉に向き合う。 「百花お姉さんは、本心はパイロットを続けたいんですよね」  自衛隊では制服に迷彩作業服を着込んだ男性にばかり囲まれているせいか、スーツを着こなしている男性には少し気後れをした顔を姉が見せる。 「もちろん……。女身でここまでやってきたんだ。私の誇りでもある。でも息子とどっちを取るかを言われたら、息子を取る」 「それは、いま、選ぶことじゃないと俺は思います。いざという時、百花さんは一路君を選ぶことができる。それがわかったのだから、いまはそれでいいではないですか」  柚希もだが、百花姉も心路義兄もきょとんとしていた。  ヘリコプターパイロットを辞めなくてもいい――。それに対する広海の説得は『一路君が大事とわかっただけでいいじゃないですか』だけだった。  一気に涙を放出させていた姉も、またもや一気に涙が乾いたようだった。首を傾げて、義弟の広海へと訝しげな眼差しを向け真顔で問い返す。
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