⑪ふたりきりで――

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「また私の時間が早く流れるようになって、世界が変わった。とうとう、今日は、自衛官の娘が空に連れて行ってくれるっていうの。こんなふうになるなんて、なるなんて――」  また涙ぐむのかなと、柚希と広海も、そんな母親の気もちが落ち着くまで黙って寄り添っているだけ。館野三佐もだった。義足の生活を突然送ることになった女性が、どれだけの思いでこの日を迎えたか。彼もよく知ってくれているから。  だが今回、義母から顔を上げた。白髪の毛先を風にそよがせ、彼女から空へと顔を上げた。義母の瞳が強く空へと向いて、若々しく光を宿したように柚希には見えた。 「行きましょう」  義母がほんとうに事故の日から抜けだし、自分の足で歩き始めた。柚希はそう思えた。  そんな姿を見せてくれた芹菜義母だから、義足で歩き出した彼女に誰も手添えをしとうよしなかった。息子の広海でさえ。 『あちらですよ』と館野三佐が進む方向を示してくれるだけ。  チヌークの後尾ハッチ搭乗入り口から、招待された一般市民が心躍らせる表情を揃えて機内へと入っていく。  芹菜義母も館野三佐の補助で、義足側の足をタラップに置いて一歩踏み出す。背後で見守っていた柚希と広海も、母親が無事に搭乗したことに安堵してから機内へ。 「柚希、大丈夫か」 「うん……」  角度があるタラップでもたついていると、広海が手を差し伸べてくれる。その手を取るとふっと柚希の身体を軽やかに連れて行ってくれる。  なんだか新鮮だった。そうか。いつも夫も自分も、どちらかが必ず義母の様子に注視していたから……。夫が柚希だけを気にして、手を掛けてくれるなんてことは滅多になかったことに気がつく。  
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