⑫マザーズデイ・フライト!

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「大丈夫か。ユズ。乗り物酔いにならないといいけど……」 「だ、大丈夫。薬を飲んできたし。ちょっとびっくりしただけ」  高度があがるたびに、広海と繋いでいる手に力が入る。柚希が頼るように握るたびに、彼も握り返してくれる。  やがてそれに気がついて……。ふたりの視線があった。  大きなプロペラ飛行の騒音の中。なぜか柚希には一瞬、静かになったように感じる。夫と見つめ合う、重なる視線。  外の景色は、札幌の市街と南に広がる森林と山岳が見渡せるところまで昇ってきている。 「久しぶりだな。ふたりきり」 「うん。久しぶり」  でもそんな滅多にない『ふたりきり』を知っても、次にふたりが視線を向けたのは、芹菜母――。  義母は館野三佐との会話を楽しんでいて、時々、コックピットを見つめたり、窓の外の景色を眺めたり。息子夫妻へと視線を移すことはなかった。  そんな母親を見て、今度は広海から柚希の手を強く握り返してくる。 「これまで、ありがとう。柚希。勝お義父さんと、百花お義姉さん、心路義兄さんにもそう伝えたい。俺たち親子のために、ありがとう」 「そんな……。私だって、父とふたりきりだった毎日を、芹菜さんが来てくれて明るい家になったんだよ」 「あのさ……」  広海が伏せた眼差し。伏せた長いまつげに少し滴がついているのを知る。 「これからは、俺たちのことを考えよう。柚希と俺だけのことを」  プロペラの音を聞きながら、柚希は少し考える。  ちょっとだけ、芹菜義母へと視線を向けると、義母は義母で楽しんでいる。目が合わない。  柚希も夫の手をもう一度握り直す。 「うん。広海君とのこれからは、私だけのものだよね」 「うん。柚希のこれからも、俺だけのものだ」  その裏でなにをふたりで決めたのか。言葉にしなくてもわかっていた。  夫も抜け出して、自分だけの空へと飛べる日を迎えた。  妻として柚希はそう思えた。  これは姉がくれたプレゼントだったのかな……?  ふたりきり。姉が見せてくれた札幌上空の景色を楽しんだ。 💑
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